第117号「そうじの力だより」

事例紹介キレイになると嬉しい、気持ちも前向きになる 〈社内が明るくなってきた!〉~(株)益田クッキングフーズ「そうじの力」の取り組み~島根県益田市にある(株)益田クッキングフーズ(青木重美社長)が「そうじの力」に取り組んで二年余りになります。同社は、自動車教習所Mランドの関連会社で、Mランドの食堂の運営に加えて、学校給食や仕出し・弁当を主力事業としています。こうした厨房施設は本来、清潔で衛生的なはずです。しかし、現実は、同社に限らず、行き届いていないことが多いのです。同社の場合、建屋が老朽化していてハード面でも問題はあるのですが、一番の問題は「意識」でした。当初は、なかなか取り組みが進みませんでした。ある部分が改善されたかと思うと、別の所が乱れる。改善されたと見えた所も、すぐにまた乱れる。こうしたことの繰り返しでした。こまめにそうじをする習慣、キレイに保つ習慣がないのです。モノが捨てられず、余計なモノも多い。また、それぞれの社員がシフトで働いており、勤務時間が違うため、なかなかベクトルが合わないという問題点もありました。それでも、少しずつですが、改善されてきました。週に三回、その時間に出勤している全員が参加して、毎回テーマを決めてそうじをしています。たとえば、揚げ物を作るフライヤー。当初ここは、こびりついた油でギトギトでした。「最重点箇所」として取り組んだ結果、今ではすっかりピカピカになりました。触ってみると、表面がサラサラしています。そうした中で転機が訪れます。Mランドから内谷重信さんが総務部長として同社に出向してこられたのです。内谷さんは明るく元気で前向きなキャラクターが特長の人気者。「そうじの力」の活動にも新風を吹き込んでくれました。持ち前の実行力で、委員会メンバーをグイグイ引っ張っていってくれます。何より、「こういう活動は楽しくやらなきゃ」と考え、色々なアイデアを出してくれています。たとえば、厨房内を巡回する際に、「キレイです」という個所には青いマグネットを、「もう少し頑張りましょう」という所には黄色、「汚い」所には赤のマグネットを貼って、現場に刺激を与えています。内谷さんの影響を受けて、委員会を統括する長島正さんや、厨房現場のリーダー石川達弘さんなど、他のメンバーも明るく前向きになってきました。毎回、現場がキレイになると同時に、皆さんの雰囲気も明るくなります。同社では現在、ひとつの大きな目標を掲げています。それは、「異物混入ゼロ」への挑戦。この業界の大きな課題のひとつです。厨房内で掲示物を貼る場合に、セロテープをやめてマグネットを使用するようにしました。また、事務所も含めて社内すべてでホッチキスをなくしました。さらに、輪ゴムもなくせないか、と検討しています。もうひとつの大きな試みとして、床面をドライに保つように心がけています。多くの食品工場で、床面が常に水浸しの状態です。この状態だと、「どうせ水浸しなのだから、汚してもいいや」という気持ちになってしまいます。また、水分があることが雑菌の繁殖を促してしまいます。ドライに保たれた床面は、清潔感が漂い、働く人の気持ちも落ち着きます。什器や調理機器の下といった「見えない所」も、キレイに保たれています。整頓も進んできました。材料や調味料が、きちんと定位置に収まるよう、表示と標識を施しています。社員の意識の高まりを後押しするべく、床面の補修など、ハード面の改善も進めています。委員会のメンバーは、「毎回、小早さんが来るのが楽しみ」と言ってくれていますが、私も訪れるたびに改善が進む同社を訪問するのが楽しみなのです。Mランドの小河二郎会長は、「最近、弁当が美味しくなった」とおっしゃっています。そうじと美味しさとの因果関係は証明しにくいですが、きっとあると思います。まだまだ課題はたくさんあるのですが、明るく前向きに活動を続ければ、着実に前進していくでしょう。(小早)おそうじ匠の技車のそうじ パート②~外せるモノは外す ~前回、洗車をするにあたってまずは「積んであるモノは全て外に出す」ことをしました。すっかりモノが無くなった車内外で次にすることは、「外せるモノは外す」です。様々な車種があるので一様ではありませんが、取り外すことのできる装備品があります。例えば私の車では、トランクの目隠し(トノカバー)、シートのヘッドレストなどが外れます。外れないまでも動かすことが出来るモノもあります。後席のシートがそうです。車外では、アンテナが外れる場合もあります。上記のような着脱可能な装備品は、着脱することが前提になっているので隙間や死角があります。外してみるとホコリや食べこぼしのゴミなどが溜まっています。装備品を外した状態であれば、掃除機などを使うっておどろくほど簡単にホコリを取り除けます。 私の場合、後席のシートを拭く場合、以前はシートの隙間に無理やりぞうきんをねじ込んで拭き上げていました。大変でした。今は、シートを持ち上げてから拭いています。結果、見えない所まで格段にキレイになり、さらに拭きそうじの時間も短くなりました。ホイールカバーがついている場合、外してみると、中のホイールが真っ黒、そしてホイールカバーの裏も真っ黒、ということが多いです。 さらに、タイヤそのものを外してしまう、という手もあります。ジャッキアップしてタイヤを取り外せば、タイヤの裏もキレイにできますし、ホイールハウスもキレイにできます。ただ、そこまでいくと、“そうじ”というよりは“整備”に近くなりますので(笑)、無理はしなくていいでしょう。着脱可能な装備品は、洗車の度に外すと良いです。慣れれば外すのも苦になりません。隠れたところの傷や劣化に気づくこともあります。        (飯塚)おそうじコラム「意が天に通ずる」ということ~「ないものねだり」ではなく、「あるもの生かし」を ~毎週日曜日の早朝、仲間と一緒に近所の公園のトイレそうじをしています。 二つの公園の合計四か所のトイレを、順番に回っています。いずれのトイレも古く、築数十年という感じです。 その中のひとつのトイレでは、天井についた照明の周囲に、格子状のカバーがついています。このカバーに蜘蛛の巣が張り、おぞましい状態になっています。 毎回のそうじでは、まずはこのカバーを取り外し、蜘蛛の巣を除去することからはじめます。さらに、蛍光灯がついている照明器具そのものも、外して中を見てみると、蜘蛛の巣の塊がギッシリ詰まっています。 格子状のカバーが何のためについているのか分かりませんが、これがあるためにそうじがしにくく、余計に蜘蛛の巣が溜まってしまっているようです。 ところが先日、このトイレにそうじに行くと、何だか様子が違います。見てみると、照明が変わっているのです。 くだんのカバーがついていないだけでなく、サイズも大きくなり、とても明るいのです。おかげで、とてもそうじがしやすくなりました。 ひょっとして、私たちがこうしてトイレそうじを続けているのを天が見ていて、ご褒美をくれたのでしょうか。 実は以前にも、これと似たような経験をしたことがあります。日曜日のトイレそうじとは別に、北三公園というところで、毎月一回トイレそうじをしています。 始めた当初、ここのトイレは古く汚くて暗い所でした。もちろん、そうじを続けるうちに汚れは落ちてキレイになりましたが、古さはいかんともしがたい。 ところが、始めて三年くらい経ったころ、このトイレが建て替えられたのです。 新しいトイレは近代的で明るく、便器もそうじがしやすいタイプのものです。その時もやはり、「天が見ていてくれたのかな」と思ったものでした。 私たちは環境を整えるときに、ハード面から手をつけようとしがちです。トイレが汚れていれば、トイレを改修する。スペースが足りないからと、建屋を増築する。壁が汚いからと、ペンキを塗る。 しかし、まずは今の条件のまま、できることを精一杯やってみる。すると、そこから、思わぬ展開が生まれることもあるのです。                 (小早)スタッフ森川剛存の おそうじ実践レポート「とんかつこがね」の環境整備日記①現在私は「そうじの力」の活動と並行して、静岡県沼津市でとんかつ店を経営しています。屋号は「こがね」です。 父親が創業者今年創業五十二年を迎えますが、五年前より私が経営を引き継いでいます。客席数十八席の小さな店舗で、コックさんと私の母親、パートさん二名の計四名で切り盛りしています。  私が「そうじの力」のスタッフとなった主な動機に、「飲食店経営者に向けて環境整備を広めたい」という思いがありす。 そこで「そうじの力」代表の小早とのミーティングで、「こがね」を飲食店のモデルになるように、環境整備を一年間かけて行い、そこで得たノウハウを今後の活動に活かしていこうと決めました。 まず店舗を、①客席②トイレ③厨房④外に分け、それぞれ期間を定めてそうじをしていく、というおおまかな工程表を作成して、昨年の十一月より「こがね」の環境整備がスタートしました。 活動はそうじの大原則「要らないものは捨てる」と「三つのコツ」に沿って行っていきます。「三つのコツ」とは、①「上から下」 ②「外せるモノは外す」③「隅・裏・奥・見えない所から」です。 今は客席部分を行っています。客席と一言で言っても天井・壁・照明器具・テーブル・座敷・椅子・什器類など沢山の箇所があります。 天井をよく見ると蜘蛛の巣が張っていたり、照明器具に埃が溜まっていたり、壁が油で汚れているのを発見。自分の目線より高い所の汚れを結構見落としていました。 物をどかしてみると埃が溜まっていました。冷蔵ショーケースの通気口も長年積もった埃と油で塞がれていました。   普段動かさない場所には間違いなく汚れが潜んでいます。上から下へと隈なく注意を払う事が大事だと実感します。 私が経営を引き継いでから最近まで 現場に立つ事はあまりありませんでした。しかし環境整備を始めてからは現場にいる時間も増えて、少しずつ気づきの感度も上がってきているように感じます。 不定期ではありますが、今後も「こがね」の環境整備の進捗状況を伝えていきたいと思います。          (森川)今月の読書から『日本国最後の帰還兵 深谷義治とその家族』深谷敏雄著~「戦後」はまだ終わっていない!~あらかじめ申し上げておきますが、今回ご紹介する本は、“そうじ”とは何ら関係ありません。無理やりこじつけることもできません(笑)。読み進めるうちに、「こんなことがあったなんて!」と驚き、ぜひとも皆様にも読んでいただきたいと思い、ご紹介します。 主人公の深谷義治氏は、太平洋戦争において日本陸軍の諜報員、つまりスパイでした。中国に潜入し、中国人になりすまし、カモフラージュのために中国人女性と結婚し、三男一女を設けます。 1945年8月15日に終戦を迎えますが、上官の命令により、そのまま中国に留まり、スパイ活動を続けます。13年後の1958年、天津で中国の公安に逮捕され、スパイ容疑で監獄に収監されます。 それから、1978年に釈放されて日本に帰国するまでの実に20年もの間、監獄での生活を送るのです。 その監獄での生活は、飢えと寒さと拷問の連続で、まさに「正視に耐えがたい」状況なのです。〈そのため、私は拷問されることとなった。何度も意識を失い、その都度、冷たい水をかけられた。〉〈拷問で私を屈服させることができなかったので、公安は飢えさせるという虐待を実行した。私に与えられた食事は、一日に一食だけになった。〉〈だが私は、当然ながら深刻な栄養不足に陥り、すっかり痩せ衰えて病気に対する抵抗力も完全に失った。同室に肺結核にかかっている囚人がふたりいたので、私もすぐに肺結核に感染した。〉〈11月末、重たい荷物を持ち上げようとした時、ガツッと音がして激痛とともに倒れた。脊椎骨が折れたのだ。しかし、このような大怪我をした後でさえ、看守所側は病院に連れていくような措置をまったく取らず、治療も一切してくれなかった。〉〈真冬になると夜の室内の気温は零下6、7度に下がり、持っている服を全部着こんでもまだ寒さが体を刺すようだった。〉 公安がここまで深谷氏を拷問したのは、深谷氏が戦争中のスパイ行為については認めたものの、戦後のスパイ活動については絶対に認めなかったからです。 深谷氏は「私は国に命を捧げてきた軍人で、自分が生まれ育った国に戦後にスパイを中国大陸に置いたという汚名を死んでも着せてはならぬという確固たる信念があった。」と述懐しています。 なんという使命感でしょう。このために、深谷氏と中国人の妻、そして二人の間に生まれた4人の子供たちは20年間にわたって悲惨な生活を送るのです。 日中国交正常化の後、6人は日本に帰国しますが、日本国内でも悲惨な生活を送るのです。6人にとっては、日本もまた「安住の地」ではなかったようです。 深谷義治氏は現在もご存命だとのことです。どうやら、「戦後」はまだ終わっていないようです。            (小早)お知らせ◆「そうじの力」セミナー日程  ・4月9日(木) 18:00~19:30 群馬県    前橋テルサ第4会議室 ・4月22日(水)18:00~19:30 静岡県    沼津商工会議所4階会議室D ・5月7日(木)19:00~20:30 群馬県    伊勢崎市民文化会館 ・5月16日(土)18:00~19:30 東京都    新宿 知恵の場オフィス◆実践企業見学会  ・4月23日(木)13:30~17:00 東京都    (株)小河原建設     事務所、建築現場見学および     小早祥一郎の講演  株式会社そうじの力環境整備(5S=整理・整頓・清掃・清潔・躾)を核とした経営改革の支援弊社はそうじを通じた「人づくりと組織づくり」を支援します。講義、現場巡回、チームミーティング、体験実習、計画作りを通じて、社長と社員の意識改革を図り、健全な企業風土作りをお手伝いします。支援期間は1年から。毎月2回訪問を原則としますが、状況とご要望に応じて、プログラムをオーダーメイドします。また各種団体向けの講演のご依頼も受け付けております。(全国対応)お気軽にお問い合せください。